「ドクター・ストレンジ」を観た。

あまりエンタメ映画をみる気分じゃなかったけど、「ネオンデーモン」の2回目まで時間が空いたので観た。

劇場は平日の夕方だったけど、老若男女わりと入っていた。エンタメ映画なので、人が多いだけでなんとなく楽しげな雰囲気があって、とても良いと思った。

さて、僕がアメコミヒーロー物の映画の”一作目”で一番重要だと思うのは、イメージが跳躍するカタルシスだ。

例えば、サム・ライミ版「スパイダーマン」の一作目では、最初は街の裏路地でこっそり壁を登ったりビルを飛び越えたりする練習をしていたのが、終盤では自由自在にニューヨーク中を飛び回る。

僕の一番好きなアメコミ映画、「XMENファースト・ジェネレーション」では何人ものキャラクターがイメージの跳躍を見せてくれるが、特に、”声を超音波にする”というイマイチな能力と思われたバンシーが、後半ではその能力を用いて空を飛びまわり、海に潜り、声をソナーにして敵の潜水艦の居場所をつきとめるのだからたまらない。

これらのイメージの跳躍において重要なのは、①能力の定義をはっきりさせること、②能力を自分なりに使いこなしてゆく過程を描くこと、そして最後に、③観客の予想を超える能力の使い方を見せること、の3つだと思う。

その点において「ドクター・ストレンジ」は、失敗している部分もあり、成功している部分もある。

なぜかというと、彼にはいくつもの能力があるからだ。

まず、一つ目の能力は、火花が飛び散る光の軌跡を生み出す力。あるいは、それで円を描いて瞬間移動する力だ。この能力では、はっきり言ってあまりカタルシスは感じられなかった。それは、そもそもその能力がなぜ彼(そして彼らの)身についたのかが説明されないからだと思う。理論としてもぼんやりとしか説明されないし、彼が実際にその能力を使いこなせるようになる、という過程の描きかたもかなりおざなりだ。しかし、彼の兄貴分の能力者が光の軌跡を足場にして空中を歩いて回るのはなかなか面白かった。
それにこの能力は彼独自の能力ではないので、この能力についてじっくり描くことはこの映画の目的ではないのだろう。

二つ目の能力は、時間を操作する能力だ。この能力の面白いところは、世界全体の時間ではなく、ある物体を指定して、その物体の時間のみを操作できるところだ。
この能力がドクター・ストレンジを特徴づける重要な能力らしく、一つ目の能力と比べて、この能力はじっくり描かれる。まず①および②として、食べかけのリンゴの時間を巻き戻して食べる前の状態にしたり、早送りして腐らせたりする描写が丁寧に(実際、2,3回繰り返して)描かれる。
そして③がすごい。(ちょっとネタバレ注意)
ラストバトルではなんと、崩壊してしまった街全体の時間を巻き戻しながら、巻き戻る地形を利用して敵を倒してゆくのだ。これは思いついただけでもえらいし、思いついても普通はできない。このシーンはアイディアに溢れていて最高に楽しかった。
それだけでも大満足だが、その後の敵の大ボスとの戦いではさらにまたブッ飛んだアイディアを見せてくれる。言うことなしだ。

「ドクター・ストレンジ」の世界には魔法アイテムみたいなものがあり、他にも様々な能力が描かれるのだが(意思をもったマント、敵を自動で拘束する器具など)これらも、都合いいな~とはちょっと思いつつ、でもちゃんと楽しいアイテムではあったと思う。

能力が多すぎて若干焦点(ドクター・ストレンジの独自性)がぼやけていたこと、またそれらがどういう理屈で扱えるのかがほとんど説明されないこと、彼が結局どういう理由でヒーローとして戦うことに決めたのかがあまり伝わってこないこと、などイマイチだと思う部分はあるにせよ、やはり、一番重要なのは時間を操作する能力で、そこに関してはしっかり”一作目”ならではの楽しさに満ちていたと感じた。

それに、映画の要所でみせられるお金のかかったドラッギーな映像は、大画面、もっと言うとIMAX3Dで観ても損はないと思う。